クラウゼヴィッツ 攻撃の極限点 勝利の極限点
攻撃の極限点
攻撃の極限点
(Culminating point of the attack, Kulminationspunkt der Angriffs)
攻撃による成功は、敵と比較して戦闘力が優勢にある時に得られる。
しかし攻撃側の戦闘力は漸次衰弱し、おおよその場合防御側の戦闘力の損害は攻撃を受けた直後が最も大きく、次第に回復する。攻撃側の戦闘力が衰弱し、防御側が回復することで戦闘力が均衡し、勝敗を覆す転換点がある。これをクラウゼヴィッツは「攻撃の極限点」と名付けた。
クラウゼヴィッツは攻撃力が衰弱する原因を5点挙げている。
①味方は占領地域の治安維持などに兵力を割き、敵は兵力を集結させるため。
占領した地域、特に戦略要点(要塞、港湾施設、鉄道、道路、都市、橋など、ケースによって異なるが、おおよその場合は交通の要所となる点)と呼ばれる箇所は味方の後方連絡線として利用するためにも敵に再奪取されないために十分な警備を行う必要が生じる。対して敵は敗残兵が敵本軍と合流し、敵の兵力は増加する。
②敵地は戦場の性質が変容するため。
敵の領土内での戦闘は全戦場が味方に対して敵対的性質を持つようになり、至る所に困難が生じる。民間人の反発やレジスタンス化、地雷などのトラップなどによって味方の活動は低下する。
③補給源から遠ざかるため。
敵領域に近づくほど補給源から遠ざかり、補給に負担が生じる。対して敵は自らの補給源に近づくことで補給の負担を軽減させる。
④第3国の介入のため。
敵国の友好国が介入する場合がある。
⑤勝利者の気の緩みのため。
敵側の抵抗力が高まり、全ての国民が武器を取ることもある。対して味方は勝利を重ねることで気が緩み、戦力は衰弱する。
これら5つの原因が第六篇攻撃の最後に補足として挙げられている。
利益と不利益は天秤のようになっており、味方に利があれば敵に不利益に、敵に利があれば味方に不利益となる。
攻撃者は勝利し、前進し続けることで次第に衰え、立場を危うくする。「攻撃の極限点」を見通すことは攻撃側の死活問題となる。
勝利の極限点
勝利の極限点
(Culminating point of victory, Kulminationspunkt der Sieges)
戦争それ自体にもまた攻撃と同様に勝利から敗北へと転じる転換点が存在する。これをクラウゼヴィッツは「勝利の極限点」と呼んだ。
戦略研究学会(2003)によると、1997年に合衆国海兵隊司令部が発行した『作戦術』(海上自衛隊仮訳)では「戦術的勝利が必ず戦略の成功を実現するとは限らない。すべての会戦に勝利を重ねつつも、戦争には敗れるといった事態も起こり得る可能性が存在する。戦略目標を達成できなければ、いかに勝利を重ねようとも徒労に終わってしまう。というのは軍事の最終目標は戦略的な成功を実現するための軍事的諸条件の作為であるからである。そのためにも戦術的な勝利を一体として総合化する作戦ないし戦略構想の枠組みが不可欠なのである。戦術的な勝利を無為に浪費することは、人命を無駄に喪失したことであり、許されるべきことではない。」という指摘がされていることを紹介している。
先に紹介した「攻撃の極限点」を攻勢側が迎えず、戦場での勝利を重ねていた場合であっても、戦争には負ける可能性がある。戦争に勝つための戦場での勝利が求められていることを理解せねばならず、目標からずれた戦闘は武器弾薬だけでなく、人命を無駄にすることとなるため、「勝利の極限点」を見通すことが国家の死活問題となる。
クラウゼヴィッツが攻撃の極限点と勝利の極限点を区分して考えるのも、戦争は「敵を強要してわれわれの意志を遂行させるために用いられる暴力行為」(クラウゼヴィッツ,1965,p18)であり、あくまで手段であるがゆえに戦争とその結果は絶対的なものではないという思考が根底に存在するためであると考えられる。
まとめ
- 戦闘の勝利と敗北の転換点→攻撃の極限点
- 戦争の勝利と敗北の転換点→勝利の極限点
参考文献
戦略研究学会・片岡徹也・福川秀樹(編)(2003)『戦略論体系・別巻 戦略・戦術用語辞典』芙蓉書房
クラウゼヴィッツ(1965)淡徳三郎(訳)『戦争論(現代人の古典シリーズ10)』徳間書店
片岡徹也(編)(2009)『軍事の事典』東京堂出版
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