革命的悪文日記

ネコに飼われている学生が悪文で色々書いています

孫子の兵法②

前回に引き続き孫子の兵法について書いていこうと思います。

goryatokin.hatenablog.com


第一 計篇


 孫子は一行目から『戦争とは国の大事なり(兵者國之大事)』と記しており、戦争は国民、国家の存亡に関わるから慎重でないといけないと定めている。極力戦争を避ける必要があると説く孫子の姿勢は、戦争によって敵を強制して自らの意思を遂行させようとしたクラウゼヴィッツとは明らかに異なる点である。
 そのような戦争を開始する(確実に勝てる状態でないと開始しない)か否かを決定する際には『五事七計(ゴジシチケイ)』を用いて現状を分析してから決定しないといけないと孫子はしている。

五事とは

『道』は政治状況、君主と国民が心を一つにしているか
『天』は気象条件、寒暑・季節・天候の利があるか
『地』は地形条件、地の利があるか
『将』は将軍の人材、兵を率いる人間は優れているか
『法』は軍規や官吏の治め方、組織のルールが順守されているかどうか
のことを指し、平時からの国の在り方も含めて戦争に勝てるかどうかを判断する材料となる。

七計とは

君主のカリスマ性はどちらが優れているか
将軍の能力はどちらが優れているか
土地や天候はどちらが有利であるか
法令はどちらが順守されているか
軍隊はどちらが強いか
兵士はどちらが訓練されているか
賞罰はどちらが公明に行われているか
のことを指し、主に仮想敵国との状況を比較して判断する材料となる。

 これら2つの視点を五事七計と呼ぶ。この2つの視点から分析することで勝敗が見え、七計をわきまえた将軍は戦わずして勝敗を知り、五事を深く理解することで勝利を収めることができる。
 孫子は将軍がこの五事七計に従うなら留任させ、従わないなら負けるだろうから辞めさせると断言するレベルで五事七計を重視しており、戦闘を開始する前の分析がいかに重要であるかを説いている。五事七計が有利な状態で将軍が従えば、『勢』によって助けられるだろうとしている。
『勢』とは、敵の無防備を攻め、敵の不意を打った際に生じる優位性のことであり、将軍が状況を適切に判断した上で臨機応変に対応することでしか得られない優位性である。『兵は詭道なり』という言葉には、この優位性を得るために敵の不意を撃つ意味が含まれている。『勢』については第五 勢篇で掘り下げられている。

第二 作戦篇

 孫子は計篇で述べていたように、戦争は国の存亡に関わることであるとしていた。これは戦争に負けて存亡するだけではなく、戦争は遂行のためにも国家の持つ力のすべてを投入せざるを得ない総力戦であるからである。
 徴兵のような兵士集めをはじめ、戦争をする際には多くの武器・弾薬をはじめとした軍需品、兵士が食べるための食料が必要となる。それらの経費や生産を負担するのは戦地から離れた国民であり、もし戦争が長引けば軍は疲弊し、国民の負担は増大して国の経済が困窮する。第二次世界大戦時の日本は戦争の泥沼にはまり長期戦を強いられた結果、戦地から離れた本土でも食料や生活物資が不足した(これだけが原因ではないけれども)。
 だからこそ孫子戦争を行うべきでないし、もし行うなら短期決戦で終了させるべきであるとした。

第三 謀攻篇

 孫子の基本原則は
無傷のまま降服させる>攻撃を加えて屈服させる
戦闘を交えずに屈服させることを100戦練磨よりも優れた勝利であるとした。おそらく孫子的には常勝の天才よりキルヒアイスのほうが優れているのであろう。

 また、
敵の陰謀を制する>敵の外交関係を破る>敵の軍を討つ>敵の城を攻める=最悪(やむを得ない場合もあるが)
であるとし、流血を伴わない戦争のうちに雌雄を決するべきであるとした。
 防御というのは敵の進撃を撃退するものであり、基本的には防御のほうが攻撃よりも優位である。なぜなら防御側にはクラウゼヴィッツ曰く、

  1. 地の利
  2. 待ち受けの利
  3. 奇襲の利
  4. 国民の支援

等があるためである。敵側にはこれらの利があるため、孫子曰く城を攻める*1ことは最悪の選択である。

 孫子彼我の戦力差(自軍と敵軍の質的量的な差)についても言及しており、

我(自分):彼(敵)
10 : 1 = 包囲するべき
  5 : 1 = 攻撃
  2 : 1 = 敵を分散
  1 : 1 = 努力して戦闘
我<彼 = 退却(力が及ばなければ隠れる)

 基本的に戦うのであれば相手よりも多くの兵士を集めることが前提であり、もし相手よりも少ないのであれば勝てないので撤退する。陣形や攻守の態勢については第四 形篇で掘り下げられている。
 将軍は国家の助け役であり、君主と共にあらねばならないが、君主は中途半端な知識で軍隊に指示を出すべきではないとしている。君主自らが軍事の最高責任者であるというのは共通ですが、孫子は実際の兵士の運用は将軍に任せており、マキャベリの君主自らが前線に赴いて指揮を執る方法とは異なる。これは複数の指示から兵士が迷うのを防ぐために指揮権の統一を重視し、客体的文民統制文民が政治に専念、軍人は軍事に専念することでそれぞれが専門性を活かせる)の状態を目指していたのではないかと考えられる。

 謀攻篇の最後に『彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆うからず』とし、第一 計篇から続く戦争前に行う現状分析の締めとしている。

 

 ぶっちゃけ、この戦闘開始までに行う現状分析の流れが孫子の思想のすべてと言っても過言ではないように思えます。いや、やっぱりすべては言いすぎかな…6割ぐらい? 少なくとも、「戦うべきではないが、戦う前に勝敗は決している(だからこそ分析を怠るな)」というのが孫子の思想の根底にはあるように思えます。

 

 

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*1:春秋時代には人口も少なかったため平地での決戦が多かったが、戦国時代に入ると人口が増え、要塞化していったらしい